パワーストーンアクセサリー専門店りんごあざみ〜世界で唯一のあなただけの言霊ブレスをあなたへ…
パワーストーンアクセサリー専門店りんごあざみ。
そして言霊ブレスはあなただけのパートナーとして生まれ堕ちる世界で唯一のブレスです。
なお、当店で使用しているストーンはすべてA+クラス以上のものを使用しています。
またお届けする際には浄化してからお届けさせていただいております。
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ホーム|商品カテゴリ一覧: 祈りのメッセージボトル > オーラの花束(大)オーラの花束006
商品詳細
オーラの花束006

オーラの花束006[aura_006]

販売価格: 3,800円 (税込)
[在庫なし]
希望小売価格:5,000円
加算ポイント:5ポイント
18cm:  1
オーラソーマの原理を展開させ、新しく生み出した祈りのメッセージボトルです。このボトルは、オーラソーマボトルのB20、B21、B45、B46、B57、B58を礎に用いて作られています。
他の写真
ボトル内部拡大図です。天国に近い島の砂を礎に、パワーストーンとブリザーブドフラワーが組み合わせられています。
簡単に、礎にしたボトルについてのデータを記しておきます。

B20◆チャイルドレスキュー/スターチャイルド(Child Rescue/Star Child/ブルー/ピンク )
青・ピンク:ペールヴァイオレット
テーマ:直感的な愛、無条件の愛でのつながり
チャクラ:すべてのチャクラ、特に7
過去世:レムリア
星座:双子座
関連ボトル:B30、56、57、58

B21◆新しい愛の始まり、愛への新しい始まり(New Beginning for Love/グリーン/ピンク)
緑・ピンク:ダークグリーン
テーマ:愛へのあらたな始まり
チャクラ:1、4
関連ボトル:20、22、28、99

B45◆愛の呼吸(Breath of Love/ターコイズ/マジェンタ)
ターコイズ・マジェンダ:ヴァイオレット
テーマ:愛を受け取り与える、必要性と才能
チャクラ:1、4、7

B46◆放浪者(The Wanderer/グリーン/マジェンタ)
緑・マジェンタ:ディープジェイドグリーン
テーマ:内なる強さと愛の発見
チャクラ:4、7

B57◆パラスアテナ&アイオロス(Pallas Athena & Aeolus/ペールピンク/ペールブルー)
薄ピンク・薄水色:ペールヴァイオレット/ライラック
テーマ:手放して信頼しなさい〜個人の自立
チャクラ:1,5
関連ボトル:B29、34、50、52、56、58

B58◆オリオン&アンジェリカ(Orion & Angelica/ペールブルー/ペールピンク)
薄水色・薄ピンク:ペールヴァイオレット、ライラック(ペールブルー、ペールピンク)テーマ:母の愛、父の愛、霊的な愛
チャクラ:1、5、7
関連チャクラ:B20、30、50、52、56、57
・私たちは誰でも、内面に子どもの部分をもっているものです。内なる子どもの声を聴き、その願いを叶えてあげてください。自分を思い切り愛してあげてください。内なる子どもを癒すと、世界へと広がってゆく愛や平和を、自ら生きてゆくことができるようになります。
これらの色やメッセージに耳を澄まし受容していくことができたなら、私たち次第で、私たちの中に在るインナーチャイルドを癒し、男性性、女性性のバランスを自らコントロールして生きてゆけるようになれるでしょう。

どんな子ども時代を過ごしてきた人にも、実は、本人が気づいているかいないかは別として、夥しいほどの傷、トラウマを負っているものです。
今の時代、便利になったのかそれとも不便になったのか、心療内科や精神科などが数多く存在しています。それらを利用して、自らの中の傷つき倒れ付したインナーチャイルドを癒していく方法もあるでしょう。しかし、最後の最後、立ち上がるのは、この世界の現実を受け入れ生きていこうと立ち上がるのは、自分自身です。
だからこそ、私たちには、愛が必要なのです。そしてその愛は、自ら育んでこそ、より力強く尊く美しいものに花開きます。
今一度、省みてみてください。私たち自身に必要な「愛」がどんなものであったかを。どんなものであるのかを。そして、それに気づいたら、自らそれを育んでいってください。
たとえ話になりますが。
冬、樹は全ての葉を落とし、実を落とし、まるで枯れたかのように沈黙し立ち尽くしています。けれど、その幹に耳をつけ目を閉じ己の深部に降りていくと、樹の鼓動が聞こえるのです。生きている。そのことを、その音が、間違いなく私たちに、そして世界に、響いているのです。
そして、やがて春がやってくると、樹は誰に何を言うわけでもなく、ただ独り、新たな芽を、硬い硬い樹皮を破らせて開かせてゆきます。この、硬い樹皮を破る、鳥の羽よりも柔らかなあの新芽の力強さは一体何処からくるのでしょう。
それは、樹の愛なのです。
樹の愛がもしなければ、或いは足りなくなってしまったならば、樹は芽をこの世に生み出させてやることは、できないでしょう。だからこそ、樹は沈黙の中、私たちが立つ地球の深部からいずれ愛へと育んでゆけるだけのエネルギーを、毎瞬毎瞬、吸い上げ続けるのです。
もし、今この世界で生きていなければならない自分の存在に迷子になってしまうことがあるなら、できるだけ大きな樹を、探してみてください。
そして、その樹を抱きしめ、目を閉じ、深く深く、自分の中に沈んでいってみてください。そこに、あなたが本当に求めるものが、弱々しくとも横たわり、あなたが気づいてくれることを待っていることを、あなたはまざまざと見出すことができるでしょう。
そうしたら、あなたは、あなた自身を助け起こし、愛を育んでいってください。
その愛こそが、あなたを、そして、世界を、澄んだ尊いものへと変えてゆけるのですから。
決してひとりよがりな愛ではない、この世界すべてを包み込んでしまえるほどの大きな愛が、いつか貴女の中に、きっと、育ってゆくでしょう。

私たちの魂は、一人一人、その育むという力を、生まれながらにして持っているのです。そのことを、どうか、忘れないで下さい。

・今、たとえば本棚の隅で埃をかぶっている辞書を引っ張り出し、愛という言葉を引いたとしましょう。どんなことが書いてありますか?
愛は、一方的なものでもないし、ひとりよがりなものでもない。そのことを、日常、私たちは、ちゃんと心に置いて生きているでしょうか?
たとえ話になりますが。
愛し合っているはずと思っている相手と諍いを起こしたとき、私たちはつい、「相手が悪いんだ、自分は間違っていない」と、心の中で叫んだりしませんか? また、本当は自分が悪いことは分かっていても、それを受容することができず、自分のひとりよがりさを見ないふりをすることでその場をやりすごしたりしてしまったりしていませんか?
愛するだけ、
愛されるだけ、
人はつい、どちらかに偏ってしまいますが、それでは愛ではないのです。寂しいことに、私たちはつい日常忘れて生きていってしまいがちですが、愛とは、愛し、愛されることなのです。ただ愛されることが愛じゃない、ただ愛するだけが愛じゃぁないのです。

愛を受け取り、同時に与え、分かち合う。それこそが愛であることを、思い出さなければならない時期が、もう私たちに来ているのではないでしょうか?

一方通行の言葉や愛は、その言葉どおり、一方通行なのです。
そうじゃない、双方で行き交うことが大切なのです。
時にひとりになり、愛していること愛されていることを省みる時間を持ったりしたことが、あなたにはありますか?
もしないと思った方はぜひ、為してみてください。
ひとりで自分の内奥をしかと見つめ、その深部から眼をそらすのではなく、しかと向き合い、気づくことが、私たちには必要なのです。
私たちは、愛なしに、この世を生き抜くことは、できないのですから。

ご存知かもしれませんが、ピンクという色は、無条件の愛で自分を受け容れることを、そして、緑は「新しい始まり」を意味する色です。
「すべての愛の始まりは、まず、自分自身を愛することから始まる」という、実にシンプルな真実を、この二つの色たちは、私たちに教えてくれているのです。

たとえば、
自分を置き去りにして人を愛していたら、いつかひずみが生まれることでしょう。
自分を受け容れることで心に余裕が生まれ、その余裕は自然に、愛し愛される真の「愛」を育んでくれるのです。

私たちは、つい、忙しさや喧騒に負けて、自分たちだけの力で生きている、生活を成り立たせているという傲慢を抱いてしまいがちです。
けれども、ほんとうにそうでしょうか?
たとえば人間関係に躓く人もいるでしょう。お金に苦しむ人もいるでしょう。でも、私たちは、たとえば人間やお金だけの世界に生きているのではないのです。
大地があって、水があって、風が吹いて、空が広がり、海は繰り返し波音を響かせている。そして樹はいつでもそこに在り、私たちを見守っているのです。
自分の目を、もっと開いてみてください。俯くことは結構簡単です。いつでもできます。ならば、俯き眼を閉じる潰すのではなく、
しかと世界を見つめてみてください。私たち人間は、世界に包まれて抱きしめられて生きていることを、思い出してみてください。
そして世界は、人間がよく為してしまうひとりよがりで身勝手な愛ではなく、どこまでも深く深く、広がってゆく愛そのものであることに、あなたは気づくことができるかもしれません。もし気づくことができたなら、今度は、世界をあなたがその両の腕で抱きしめ、愛し愛されてください。
世界は、ここに、在るのです。

・「愛」を受け取り、与えることの大切さ。これこそ、私たちが何よりも大切にしていくべきものでしょう。
あなたの大きな愛(マジェンタ)を、多くの人と分かち合って(ターコイズ)いけたら、どんなに素敵でしょう!
そして「愛」は、決して特別な場面で登場するものではなく、私たちの「日常」でこそ分かち合うべきものです。そのことを、今一度、思い出し、日常というものが本来どれほど大切なものであるのかを、省みてみましょう。あらゆることから愛を受け取り、周りに愛と癒しを与えることができるようになると、自然、日常の小さなことの中で「愛」を表すこともできるようになるでしょう。
自然、「愛」というものがどれほど大きく育むことができ、深く広く一人一人が世界へと拡げてゆけるものであるのか、気づくことができるはずです。
また、愛は、決して、一人で操縦するものではないということにも、気づくことができるようになるでしょう。

愛は言ってみれば、呼吸のようなもの。
息を吸うだけ、また、吐くだけでは、実は呼吸と言うものはできないということを、ご存知ですか?
同じように、愛を受け取るだけ、愛を与えるだけでは、バランスがとれないのです。
今、一緒に、騙されたと思って、一度、深く深く深呼吸してみませんか?
その深呼吸のリズムこそ、愛のリズムと同様のものなのです。
受け取り、そして、与える。
「深呼吸の必要」という長田弘氏の著作がありますが、これは子どもにもぜひ読み聞かせてあげたいような本です。生きるために必要な深呼吸、生きるために必要な愛、私たちは、それらをただ頭で理解するのではなく、身体で覚えていく必要があるに違いありません。知識ではなく、身体で体現できること。それはとても、大切なことなのですから。

・親子関係というのは、一体どんなものが理想なのでしょう。
ただ優しく抱きしめていれば子どもは優しい心を大きく育て、愛に満ちた大人に自然に育ってくれるのでしょうか。
一方、抱きしめてほしいのに酒に溺れた親の気分で殴られ蹴られ、場合によっては近親相姦という体験まで繰り返し強要され続けて歳を重ねる、じゃぁその人間は冷酷で同じ虐待を己の子どもに繰り返す残酷な大人に育つのでしょうか。果ては殺人をも犯すかもしれない?
じゃぁ、今毎晩テレビから流れるニュース。殺人犯の若者を近所の人たちは「とてもいい子でしたよ、頭も良かったし」「親子関係もよかったと思いますけど」等々。そして、コメンテーターとして呼ばれた犯罪心理学者や弁護士、精神科医たちが、様々なコメントを述べる。好き勝手に。そして結局、結論のひとつも出るのかといえば、それらしい答えや道筋を指し示す言葉など、私はまだ、一度も聞いたことは、ない。残念ながら。
 答えなど…ないのだと、私は思う。今、七歳になる娘と二人で生活をしながら。つくづくと。

 今もしあなたが十代を終え二十代になりかけている、そんな年頃だったとしたら。
言わせてほしい。
もしあなたが、お母さんにもお父さんにもいつも愛してもらって家族が大好きって胸を張っていえるよ、という状態だったとして。そうだとしたら、一度だけ眼をつぶって、じっと自分の内奥を見つめてあげてほしい。確かに両親に愛し愛され、とてもあたたかな家庭に育った自分であるけれども、実は、あの時、たった一度だったけれども、あの時、本当はこうであってほしかった、こんな制限をされるのではなくただ抱きしめて頭を撫でてほしかった、そんな時はなかっただろうか。もしそんな時が在ったとしたら。
そうだ、そういうこともあったんだ、と、自分でその体験を受け容れてあげてほしい。それでじゃぁ次は何をすればいいのよ?と思うと思う。何もしなくていいのです。ええ、本当に。ただ受け容れるだけで、それでいいのです。こういうことが私にもあったんだな、と。そう気づくことが、大切なんです。そして、もしそれがかなしいこととして或いは寂しかったこととしてあなたの心に浮かんでくるのなら、それがもう繰り返されないようにあなたが行為し生きていく。そのことが、大切なんです。
一方、確かに私を産んでくれた父母はいるけれども、あんな父母、私をいつ殺すか分からないくらいに私の人生を滅茶苦茶にしてくれたとんでもない存在だったよ、というあなた。
一緒に泣こう。一緒に怒ろう。私はあなたのすぐとなりにいるわけではないけれども、もしあなたが怒りやかなしみを伝えてくれるなら、私は私の心をあなたのところへ飛ばします、今すぐにでも。そして、一緒に泣かせてほしい。一緒に怒らせてほしい。
そして、泣くだけ泣いたら、怒るだけ怒ったら。その過去を、捨て去ろう。そして、もう二度とこんなことが繰り返されないよう、新しい一歩を、一緒に踏み出そう。
でも、そんなことできない、と俯いてしまう人もいるでしょう。実は私も長いことそのパターンに捉えられ、がんじがらめになってどうにも一歩を踏み出すことができないままの頃がありました。
でも。
あなたの人生はあなたのもの。他の誰のものでもないのです。だから、手放していいのです。捨てていいのです。受け容れていいのです。そして、あなたはあなたの人生をこそ愛し慈しみ、歩いていっていいのです。
そう、このワンダラーと呼ばれる色たちは、親や周囲の大人と呼ばれる人たちによってあなたが制限されていた行動や心の思考パターンを癒し、自分自身を、もう、赦してあげてもいい頃なんだよと、あなたにシグナルを送っているのです。
 もっと自由に、自分が思うままに人生を営んでいく力を、あなたは今こそ、自分のその手で掴んでください。自分にはそんな力はない、と俯く前に、一度信じて空を見上げて、自分に言ってあげてください。大丈夫、私にはその力があるんだ、と。

・自立、という言葉は、自分で立つ、と書きます。つまり、自分の足でしっかり大地を踏みしめ歩いてゆくことができることを、自立、というのです。
さて、この自立。今、それを自ずから、為すことができている人は一体どのくらいいるでしょう。試しに自分に問いかけてみてください。自分は自立してるかな、ちゃんと自立して自分の人生を楽しんで愛しているのかな、と。
 一瞬の見た目は、ペールピンクもペールブルーもとても優しくか弱そうな姿をしていますよね。でも実は、それは錯覚です。この色たちは、驚くほどの強い力を、それぞれに持っているのです。
私たちは小さい頃、よく土遊びをしませんでしたか? 今の大地は、アスファルトに殆どが覆われてしまって、砂場も黴菌が云々ということで網をかけられていたりそもそも存在しなかったりします。でも、きれいなだけの黴菌がたったひとつも存在しない世界でなど、実は人間は生きていけない代物なのです。
 黴菌や悪とも、必要菌や素敵なものとも、混在して、その混在した空気を吸いながら私たちは自ら選んでゆくのです、自分の人生を。
 また、このヴェールヴァイオレット(ライラック)は、私たちの中に存在する男性性と女性性とのバランスをうまくとらせ、人生への愛を高め、内なる平和が実現できる流れを作ってくれます。何も恐れることはない、自分の人生を自分で進み歩いていってよいのだということを、その勇気を与えてくれるのです。
また、もしかしたら、この色を選び何度も手にとって眺めてしまうという方は、実はクリエイティブな力をたっぷりと持った人だといえるでしょう。世界や古代、天界とつながり、あなたにこそ表現できる方法で世界へ自分の形を差し出してゆける、そんな力を持っていると言い換えても過言ではありません。
 まずは自分の信念を信じ、それに基づいて歩いてゆけばいいのです。あなたが求める本来の姿が、そこであなたを待っていてくれるでしょう。

・誰にでも、何事にでも、ネガティブな面、ポジティブな面というのがそれぞれ混在します。どちらかだけ、などという聖人も聖事もこの世界には存在しません。
この色を選ぶ方というのは、実際に親子間など家族について問題を抱えた人が多くいます。家族は、私たちが愛を学ぶ最初の単位であり、一番身近にいる存在です。つまり、とても大切な存在、居場所なのです。けれども、同時に、この大切な場所は密室でもあります。密室という言葉を言い換えれば、何が起きても他人には分からない、知られない場所であるともいうことです。つまり、どんな残酷な精神的虐待或いは肉体的虐待がそこで行なわれていても、誰も知らない。もちろん、どんな愛に溢れた美しい場所であるかも、そこに居る者たちこそが知っている。そういう場所が、存在が、家族なのです。
今、あなたが家族を思うとき、どんな映像が心に浮かびますか? もしそこに葛藤があったり、膿んだ傷があるのなら、それは癒してやらなければならないものたちです。そこから目をそらし、家族の形をとりながら生活し続けることは容易です。けれども、それが本当の「家族」といえるのでしょうか? それこそ、形骸化した、言ってみれば空っぽの、形だけ整った家族なのではないでしょうか。
ならばもういっそ、家族というものを切り捨て、ひとり生きてゆくこともいいでしょう。でも、もし切り捨てられない、としたら。
問題を乗り越えるしかありません。
そう、この色たちは、そうした家族の問題を乗り越え、ネガティビティを手放すことを後押ししてくれる色たちなのです。

地平線を割って太陽が昇り沈む、そして今度は月が夜空を渡ってゆく。そうして一日一日が始まり、終わる。この夜の間に、時を司る天使であるオリオンとアンジェリカは地界に溜まったネガティビティを一掃し、地球のエネルギーを浄化する、そういう役目を担っています。
言い換えるなら、一日一日は、いつでも新しく始まり、終わる、そしてまた再び新しく始まるのです。
私たちは何度でもやり直すことができることを、思い出してみてください。どんな逆境にあろうと、どんな安穏な見て見ぬふりをする環境にあろうと、自分次第で、世界を変えることができる、ひっくり返すことができるのです。

走って走って、ようやく辿り着いた地で、空っぽのコップに水を注ぎ、一気に飲み干す、その美味しさは、恐らく誰もが想像できる味でしょう。私たちは自らその味を放棄するのではなく、その味を何度でも味わうために、今こうして生きて存在している。そのことを、大切にしてゆかなければなりません。そう、それは、決して忘れてはならないことなのです。
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